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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20596号 判決 1993年5月17日

原告

エルフォルク有限会社

右代表者代表取締役

松本峰行

右訴訟代理人弁護士

斎藤義房

被告

有限会社平沼ビル

右代表者代表取締役

平沼孝純

右訴訟代理人弁護士

須藤英章

岸和正

主文

一  被告は、原告に対し、金四四一万四六三三円及びこれに対する平成五年三月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金五三五万六三九三円及びこれに対する平成五年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本訴は、原告が被告に対し、後記の賃貸借契約に基づき、原告が被告に預託した保証金の返還を求める訴訟である。

一原告は、被告との間で、平成三年一一月一一日、東京都府中市新町一丁目五二番一号所在のフジビル一階部分の店舗(面積約29.43坪、以下「本件建物」という。)について、賃料一か月金三五万三〇〇〇円、期間を平成三年一〇月一日から五年間とする賃貸借契約を締結した(以下「本件契約」という。契約締結日については<書証番号略>によりこれを認め、その余の事実は当事者間に争いがない。)。

二原告は、被告に対し、本件契約締結の際、保証金として金五八八万六〇〇〇円を預託した(右保証金を以下「本件保証金」という。)。

本件契約の契約書(以下「本件契約書」という。)には、本件保証金の償却について、その第一六条一項に「保証金は五年で二〇パーセント償却とする。償却分は五年目にうめるものとする。途中解約は二〇パーセント償却とする。」との記載がある。そして、本件保証金の返還時期について、本件契約には、本件建物の明渡後、六か月後とする旨の定めがある。

また、本件契約の中途解約については、本件契約書の九条には「乙(原告のこと)の都合により本契約を解除する時は、六カ月前に文書で通告し、期間満了と同時に乙は完全に店舗を明け渡すこと。」との規定がある(以上、二の事実については当事者間に争いがない。)。

三原告は、本件建物において自動車販売業を営んでいたが、平成四年八月二六日に本件契約の解約を申し入れ、同年九月二五日、本件建物を明け渡した。

なお、原告は、同年八月三一日までの本件契約による本件建物の賃料は支払済みである(以上、三の事実については当事者間に争いがない。)。

第三争点

本件保証金の返還について、被告においても、本件建物の明渡の六か月後である平成五年三月二五日限り二六一万六〇一五円の支払義務のあることは認めるが、本件保証金の償却及び中途解約の際の賃料の支払期間について、原、被告間に争いがあり、本件保証金の返還額に相違が生じている。

一本件保証金の償却について

1  原告の主張

本件保証金の償却に関する本件契約書一六条一項の規定(以下「本件償却規定」という。)は、仮に賃借後僅か一か月後に借主が本件建物を退去する場合でも、保証金の二〇パーセントを貸主が取得するという内容になっているから、少なくともその部分は、社会通念に照らして著しく賃借人に不利であり、本件契約が継続していた一年間という期間に対応する四パーセントを償却することを超える部分は、借家法の精神や民法九〇条に照らして無効というべきである。

2  被告の主張

店舗等の賃貸借契約において、五年で保証金の二〇パーセントを償却するという約定はごく一般的であり、賃借人の一方的都合による中途解約の場合も同様二〇パーセントを償却するとの条項は十分に合理的であって、借家法の精神や民法九〇条に照らしても無効とされるいわれはない。

二中途解約の際の賃料の支払期間について

1  原告の主張

(一) 原告は、平成四年八月二六日に本件契約の解約を通知し、同年九月二五日には被告と合意のうえ本件建物の鍵も返還して本件建物を明け渡し、被告もこれを納得したうえで本件建物の鍵を受け取り、新たな賃借人の募集活動を行っているのであり、本件契約は同年九月二五日に合意解約されたものと認められる。

(二) 本件契約書の九条は、借主が解約を通知した後も本件建物の占有使用を継続し、六か月を経過した後に本件建物を明け渡した場合の規定であり、賃貸借契約が合意解約された事例である本件には妥当しない。

また、本件契約においては、賃料を二か月以上滞納した場合は無催告で解除することができるとの規定が存するが、その場合に解除通知後の六か月分の賃料を支払わなければならないとの規定はなく、賃料不払いの解除の事例に照らして、本件建物の明渡後には賃料の支払義務はないというべきであり、原告の未払賃料は平成四年九月一日から同月二五日までの金二九万四一六七円である。

2  被告の主張

(一) 被告は、原告から平成四年八月二六日に本件契約の解約の通知を受け、原告自らの都合で同年九月二五日に本件建物を明け渡したものであって、本件契約は合意解約されたものではない。

(二) 本件契約書九条は、賃借人が自己の都合で中途解約せんとする場合には明渡予定日の六か月前までに文書で通知しなければならないことを規定したものでありその反面解釈として、解約を通知した後は、たとえ六か月前に明け渡した場合においても六か月分の賃料支払義務があることを規定したものである。したがって、原告の未払賃料は平成四年九月一日から平成五年二月二六日までの金二〇九万二七八五円となり、本件保証金から同額が控除されることになる。

(三) なお、原告の主張に立脚すると、賃借人が突然に解約を通知して勝手に退去した場合には、賃貸人はそれ以降の賃料を収受することができなくなり、解約に六か月前の予告を要求したことが無意味になってしまうことに照らして、原告の解釈が失当であることは明らかである。

第四争点に対する判断

一本件償却規定の適法性について(争点一)

1 本件契約には、本件保証金の償却につき、「保証金は五年で二〇パーセント償却とする。償却分は五年目にうめるものとする。途中解約は二〇パーセント償却とする。」との約定(本件償却規定)があること及び原告と被告とが平成三月一一月一一日に本件契約を締結したことは先(第二・一及び二)に認定したとおりであり、右事実に、<書証番号略>、証人田嶋政明の証言及び原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、原告代表者は、平成三年九月中旬ころ、本件建物を借りようと考え、同月下旬に本件契約の仲介に当たった株式会社明星商事(以下「訴外会社」という。)の事務所を訪問し、その後、同年一〇月三日にも訴外会社の事務所を訪れたこと、同年一〇月三日の際、原告代表者は、訴外会社の代表者の久保木良久及び須藤正雄から、重要事項説明書を示されながら本件契約の主要な点について説明を受けたこと、そして、本件契約の保証金については五八八万六〇〇〇円とし、五年で二〇パーセント、途中解約でも二〇パーセントの償却を行うことの説明を受けたこと、その後、原告と被告とが平成三年一一月一一日に本件契約を締結したこと、したがって、原告代表者は、本件保証金の償却についての規定を了解のうえで本件契約を締結したものと認められること及び本件契約書及び重要事項説明書には明確な規定はないものの、原告は被告に対し、一〇一万六五九〇円及び五五八万六〇〇〇円の合計額から保証金の額五八八万六〇〇〇円を控除した七一万六五九〇円を礼金として支払ったことがそれぞれ認められる。

2  右事実を前提に本件償却規定の適法性について判断するに、(1)原告代表者は、本件償却規定について、訴外会社の代表者の久保木良久及び須藤正雄から説明を受けているうえ、右規定の内容は明確で容易に理解できる内容であることからして、原告代表者は、本件償却規定の趣旨を十分に理解のうえで本件契約を締結していること、(2)本件償却規定により償却される金額は保証金の額五八八万六〇〇〇円の二〇パーセントに当たる一一七万七二〇〇円であり、本件契約の一か月の賃料三五万三〇〇〇円の三倍には満たない金額で、後記(3)の貸主側の事情を考えると、借主側の負担として過大なものとまでは認められないこと、(3)賃借人の交替の際には新賃借人を見つけるまでにある程度の家賃収入を得られない期間を生ずることは往々にして避けられず(証人田嶋政明の証言によれば、原告が本件建物を退去した後、未だ本件建物には新しい賃借人がないことが認められる。)、その際には、賃貸人において新賃借人獲得のための仲介業者に支払う報酬等の諸経費が必要となることが認められ、そうした事情を考えると、賃貸借契約が短期に終了することを防ぎ、ひいてはその安定的な収入を確保するために賃貸借契約がその期間の満了を待たず、中途で解約となる場合に、期間満了の場合に比して多額の償却をして保証金を返還することは不合理とはいいえないこと(浦和地方裁判所第四民事部昭和六〇年一一月一二日判決・判例タイムズ五七六号七〇頁)を総合すれば、本件償却規定が借家法の精神や民法九〇条に照らして無効とは認めがたく、このことは被告が原告から本件契約締結の際に本件保証金とは別に賃料の約二倍に相当する七一万六五九〇円を礼金として支払ったことによって左右されない。

3  以上によれば、被告は本件償却規定に基づき、本件保証金を原告に返還するに当たっては一一七万七二〇〇円を控除しうるものと認められる。

二中途解約の際の賃料の支払期間について(争点二)

1  原告が平成四年八月二六日に本件契約の解約を申し入れて同年九月二五日に本件建物を明け渡したことは当事者間に争いがないところ、証人田嶋政明の証言及び原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、右の明渡期日は原告において設定し、被告は、その明渡に立ち会ったにすぎないものと認められるから、本件契約は原告の解約の申し入れにより終了したものと認められ、原告の主張するように合意解約により終了したとまでは認められない。

2  本件契約書の九条には「乙(原告のこと)の都合により本契約を解除する時は、六カ月前に文書で通告し、期間満了と同時に乙は完全に店舗を明け渡すこと。」との規定(以下「本件解約規定」という。)があるところ、右は賃借人が自己の都合で中途解約せんとする場合には明渡予定日の六か月前までに文書で通知しなければならないことを規定したものであり、その趣旨は賃借人の交替の際には新賃借人を見つけるまでにある程度の家賃収入を得られない期間を生ずることがあるため、六か月前の解約予告により賃貸人において早期に新しい賃借人を探し、これにより家賃収入を得られない期間を生ずることを防ごうとするところにあるものと解される。そして、こうした規定が存する場合に、右規定と併記して賃借人がこれに反したときに解約予告期間と同額の賃料を賃貸人に支払う旨を約することが少なくない。

本件においては、賃借人が解約の予告期間に反したときに解約予告期間と同額の賃料を賃貸人に支払う旨を約する明確な規定は本件解約規定に併記していないが、本件解約規定の反面解釈として、解約を通知した後は、たとえ六か月前に明け渡した場合においても六か月分の賃料支払義務があることを規定したものであると解する余地は十分に存するものと考えられ、こうした意味で被告の主張も理解できないではない。

3  しかしながら、(1)本件解約規定には、右解約予告に反した場合の罰則について規定はなく、訴外会社による契約内容の説明でも、本件契約の締結時においても、原告代表者に対し、被告の担当者ないしは訴外会社の者が解約予告に反した場合の罰則について説明した事実は認められないこと(そうした説明がなされたとの趣旨の証人田嶋政明の証言は採用しがたい。)、(2)本件契約においては本件償却規定が存すること(これにより賃借人の交替による家賃収入を得られない期間に対応しているという面がないわけでないこと)、(3)前掲<書証番号略>(本件契約書)によれば、本件契約においては、本件解約規定に引き続き「ただ此の際借賃は期間に応じ精算し乙(原告のこと)に返還すること」との規定があるところ、その意味するところは必ずしも明確でないが、賃借人である原告が本件契約を解約の通知した後六か月前に明け渡した場合において使用期間に限って賃料を収受することを定めた規定であると解せないではないこと、そのバランスからして、原告が解約予告期間を遵守せず早期に本件建物を明け渡したときには使用期間に対応する賃料についてのみ原告に支払義務があると解しうること、そのうえ、(4)賃貸借契約においては、賃借人は賃貸人に対象物件の使用期間に応じた賃料について支払義務があるのが原則であることを考えると、解約予告に反した場合の罰則について明確な規定はない本件においては、本件解約規定の当然の反面解釈として、解約を通知した後は、たとえ六か月前に明け渡した場合においても六か月分の賃料支払義務があることを規定したものであるとまでは直ちにはいいえないと解するのが相当である(もっとも、原告が本件解約規定に反したことは明らかであるから、原告が本件解約規定に反したことにより本件償却規定により補填されるのを超えて被告が損害を被った場合、原告が被告に対し、債務不履行を原因とする損害賠償請求をなす余地があり、右も本件保証金により担保される債務とされるが、本訴においては、右の点について被告から具体的な主張はなく、かつ、立証もないから、この点を斟酌することはできない。)。

4  右検討結果に、原告が平成四年八月三一日までの本件契約による本件建物の賃料は支払済みであり、同年九月二五日に本件建物を明け渡したこと(右は当事者間に争いがない。)を踏まえると、被告が本件保証金から未払賃料として控除しうるのは平成四年九月一日から同月二五日までの金二九万四一六七円である。

三以上の次第であるから、被告が本件保証金から控除しうる金額は一一七万七二〇〇円(償却額)及び二九万四一六七円(未払賃料)の合計金一四七万一三六七円であり、本件保証金の額五八八万六〇〇〇円からこれを控除した四四一万四六三三円であると認められる。

第五結論

以上によれば、原告の本訴請求は、四四一万四六三三円及びこれに対する支払期日の翌日である平成五年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官深見敏正)

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